青少年のスポーツ教育は、学校体育と社会体育に分かれていて、学校体育(運動部)以外は社会体育と呼ばれています。


 社会体育団体には、市や町や公的機関や民間企業が母体となったものから、民間の有志(いわゆるボランティア)で作られたものまでいろいろあり、いずれもスポーツを通じて社会に貢献しています。


 枚方フットボールクラブ(以下「枚方FC」という。)は有志により設立された社会体育団体(「クラブの歴史」参照)で、次のような方針で指導育成を進めています。

 


1 一貫教育で理想追求!


 技術を習得し一人前の選手になるには十年以上かかると言われるサッカーは、欧米諸国のスポーツクラブのように子供の時から始める一貫教育が理想です。


 しかし、日本では欧米諸国と違い運営などがたいへんなことから、小学生のクラブはたくさんあっても、子供から大人のカテゴリーまで全て揃ったクラブとなるとまだまだ少ないのが現状です。


 それでも枚方FCは幾多の困難に直面しながらも、幼稚園児・小学生・中学生・高校生・成人さらにシニアに至るまで全年齢層からなるクラブを運営し、みなさんに喜んでいただきたいと取り組んでいます。


 理由は、サッカーがすばらしいスポーツだからです。

 


2 創造性教育で個性豊かに!


 スポーツは、本来楽しいものであるべきです。勝敗だけがスポーツの楽しさであってはならないと思います。


 自分の全才能を発揮し、創意工夫をこらし、ベストを尽くしてプレーする時、自然に湧き上がる喜びや嬉しさ、それがなくては本当のスポーツとは言えません。


 指導者や先輩が命令し強制的にやらせる、叱られるのが嫌だからやるとか、命令されないとやらないといった日本的なスポーツに対する考え方は間違いです。


 指導者が何も言わなくても、選手たちが自分から積極的に取り組み、敵味方の状況を 観察しいろいろと感じ取って、勝つために何をすべきか、負けないようにするにはどうしたらよいか、それぞれ頭脳を働かせて判断し、考え工夫しアイディアを持ってプレーする。それがスポーツ本来の在り方だと思うのです。


 コーチ学が発達したとはいえ、まだまだ多くの指導者は、「子供は何も知らないのだから、しっかり教え込んで操らないとダメだ。」と信じ込んでいます。そうして厳しく鍛えれば鍛えるほど勝てる確率が高くなるからでもあります。


 しかし、それは目先の試合に勝つための便利な方法ではあるけれども、ハッキリ言って、子供の創造力や個性・知性・感性の発達にはマイナスです。


 問題は子供が自分自身の頭を働かせて解くべきです。最初のうちは答えが幼稚でも少々間違っていても構いません。大切なのは答えではなく、幼い頃から自分で問題を解いてやろうと取り組む習慣を身につけることです。


 知識の詰め込みや命令管理ではなく、自発性や創造性を目覚めさせ発達させることに、指導者はもっと力を注ぐべきです。

 


3 創造性教育でのコーチの役割


 教え込みや命令がよくないのなら、コーチの役割とは一体何でしょうか?


 それは前述のとおり、選手が自らの頭脳を働かせてプレーするよう習慣づけること、自由にノビノビと行動できる場所を作ってやり、選手をやる気にさせ、上達せざるを得ないコースへこっそりと誘導してあげることです。


 初心者にとっては、楽しさこそが意欲の原動力です。まず、ゲームでサッカーの楽しさを覚えましょう。


 そして、それぞれが試行錯誤と体験の中から自分の道を発見して個性的に伸びていけるよう、コーチは選手の心身の状態や知力、技術などを絶えず観察し、現レベルよりも少し難しい練習課題を与え(過負荷の原則)、階段を一段一段確実に上がっていけるよ うサポートします。


 だからと言って全く考えないわけではありません。当然、一般的な教育(つまり知識や方法、コツなどの教授)も併用します。ただし、それは創造性の芽生えや発達を妨げないように、細心の注意を払いながら行わなければなりません。


 例えば、できない時でもすぐに口出ししないで辛抱して待ってやる。そして、ある期間努力したけれども、もうこの辺で助言してやらないと無理だとか、尻押ししないとダメだという時に初めて教えてあげる。あるいは、ここでこういうアドバイスをしてやるとグンと伸びる、機が熟したという時にタイミングよく教えてあげる。


 この教育法は、命令管理的、スポ根的な従来の日本のスポーツ教育とは全く違うので、保護者の方々からすればたぶん物足りなく思われるかも知れません。


 しかし、日本人に一番欠けている創造性の開発・向上や個性の確立・成長には、こうして子供達が自由にノビノビと活躍できるように育てることが絶対に必要なのです。


 どんな教育でもそうなのですが、特にスポーツの場合、教えすぎ(いわゆるオーバーコーチング)はいけません。


 だからこそ、スポーツの指導者はティチャーではなく、コーチと呼ばれているのです。(これはスポーツの本質にかかわる重要な問題ですが、残念ながら日本ではあまり気付かれていません。)

 


4 軍隊的チームプレーではなく、オーケストラ的チームプレーを!


 典型的な日本式チームプレーは軍隊の戦い方に似ています。指導者はまずチームとしての試合ややり方や筋書きを決めて、そこへ選手たちをはめ込むために鍛え上げる。選手たちもただひたすら兵士のように、指導者という指揮官の手足となって命令どおり働く。


 枚方FCのチームプレーはそれとは全く違います。いわばオーケストラの即興演奏のようなもので、指導者はあくまでコーチに過ぎず、主役は選手です。


 選手たち一人ひとりが勝つためにどうしたらいいかを考え、それぞれがアイディアと技術を互いにうまく絡め合わせてチームプレーを作り出し、自分達で自由奔放、臨機応変にゲームを進めていく。


 もちろん、いちいち口に出さなくても、暗黙のうちにお互いの意図を読み取り、お互いの長所を発揮させ、足りない部分をカバーし合うような努力もします。


 それにしても、なぜオーケストラなのでしょう?理由はこうです。


 一般的に日本の選手は個性がなく、みんな同じように見えます。しかし、普通、人は誰でもそれぞれ違った個性を持っているものです。それなのに日本の選手の場合、個性 が見られない。とういうことは、個性がはっきりしたものに育たなかったか、それとも 個性があってもそれを表に出せないようなやり方をしているからで、その原因は日本的なスポーツに対する考え方や教育にあると思います。


 その証拠に枚方FCで育った選手は、大人になるにつれて、それぞれの個性がハッキリしてきます。ある選手をバイオリン奏者とすれば、ある選手はトラペット奏者であり、チェロやトロンボーンetc...十人十色、一人として同じものはありません。


 選手たちがこんなに個性的であるならば、それぞれの個性を消してまで日本的チームプレーのように、同じような選手を均等に揃えてしまうのはあまりにもナンセンスで宝の持ち腐れです。


 弦楽器は弦楽器、管楽器は管楽器、もっとお互いの長所や持ち味を活かし合う方向でチームプレーを組み立てて行くべきだ、というような発想でオーケストラ的なチームプレーが生まれたわけです。


 オーケストラなので、個人のレベルが高く技術やアイディアが豊富なほど、チームのレベルも高く面白いものになります。


 だから枚方FCは、一般的に見られるようなチーム本位の指導ではなく、個人の育成 に焦点を合わせ、選手一人ひとりがより高いレベルの技術を持ち、個性豊かでセンスのいい、誰とでもうまく協力しあえる知的な選手を育てようと取り組んでいます。

 


5 フェアプレーでベストを尽くせ!


 勝つためには汚くてもいい、ファールを犯してもいい、とにかく勝ちさえすれば全てよしといった風潮の中で、「枚方FCだけは永遠にフェアプレーでいこう!」というのが願いであり目標です。


 常にベストを尽くし、全力を出し尽くせる人間になりましょう!


 サッカーがうまいだけ、体力だけ、身体だけではダメです。


 また、頭脳も粘り強くフル回転させましょう!

 


6 サッカーと勉強を両立させよう!


 枚方FCが独特の指導法によって、決して多くはない練習量でレベルの高い選手を生み出してきたために、プロ的なクラブと勘違いされている方は多いようです。


 サッカーはすばらしいスポーツですが、人生のすべてではありません。前途ある子供たちには勉強も大切です。だから、サッカー有名校のようなサッカー漬けはありません。

 選手たちには、ぜひサッカーと勉強を両立させてほしいと思います。枚方FCで養った創造性・観察力・決断力・粘り強さは必ず勉強や今後の長い人生に役立つでしょう。

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